Ossan's Oblige ~オッサンズ・オブリージュ~

文化とは次世代に向けた記録であり、愛の集積物である。

日本の「地域統合」に対する姿勢【これから起こること】

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かつては「インド」も異なる民族と伝統を備える部族の集合体だった。

前回の投稿からおそらく1ヶ月近い月日が経っていると思います。

しかし、私の関心はまだ地域統合にあり、「世界を覆いつつある地域統合にどう対峙するか?」ということを呆然と考え続けています。

これらはいかに抗おうとも、何人も抗えないでしょう。

なぜなら、EUという前例が存在するからです。


なんとか地域統合から利益を引き出そうと張り切る一方、国家の歴史も民族も刷新させる、地域統合の暴力性になかなか頷けない自分がいます。

頭の整理を兼ねて、地域統合について思うことを書いてみたいと思います。


1 日本は「地域統合」という世界的トレンドに「鎖国」を決め込んできた

日本の近代まで

世界がヨーロッパの大航海時代(帝国主義)に飲み込まれた16世紀、日本人は、刀と鉄砲の武力によって植民地主義の浸透を阻止することに成功しました。

キリシタン大名の反乱によって、それまで重視していた強力な鉄砲技術を伝える宣教師が、実はヨーロッパの王直属のスパイであったことが判明します。

ヨーロッパ人の脅威を悟った日本人は、宣教師への弾圧を強め、豊臣、徳川の下に内乱も終息させ、江戸幕府の元に統一・団結します。

それまで各潘が独自に行っていた海外貿易はかつてない賑わいを見せていたものの、外国の動乱に巻き込まれることを嫌った徳川将軍は、国際交流の全てを幕府に掌握させ、外国人の出入国管理を厳格化します。

世界の国々がヨーロッパの暴力にひれ伏すなかで、日本だけは、欧米に匹敵する火力を背景に、ヨーロッパ勢力と対等に交渉し自国の論理を貫くことができのです。

この徳川幕府のもとで、日本は内乱の少ない史上に希な安定の時代を実現し、今日の内需経済の萌芽となる国内産業の育成が進みました。


ところが18世紀後半になると、情勢が変わります。

世界各地での戦争に鍛えられた西洋諸国が、産業革命という覚醒を迎えたのです。

これにより、西洋の動力、武器は、以前とは比べ物にならないほどの革新がなされ、神的な力を強化した欧米とアジアとの間に埋めることのできない格差が開きます。


それまでの日本の鎖国は、欧米に対して対等に渡り合える軍事力に裏付けられていました。

少なくとも、艦隊で派遣できる限られた兵力では、とても崩せない国だったのです。

しかしながら、産業革命を境とする技術革新の遅れは決定的で、16世紀に世界最強の陸軍を誇った日本人も欧米に歯が立たなくなります。

幕末には相次ぐ外国人の違法入国にも対処できなくなり、やがて黒船の暴力性の前に屈し開国を迎えます。


明治維新から戦後

15世紀以降、欧米諸国は、世界の未開文明を武力占領し、商品作物の生産を強いてきました。

自文明の利益に最も有益な役割を課してきたのです。

そうした欧米諸国は、日本を穀物生産国にするよりも、その技術力の基盤を利用する道を選びます。

つまり、アジア進出を企むロシアへの牽制、あるいは中国の開拓に用いる兵力、として用いるためにあえて国力の育成を認めるという選択肢をとります。

極東の日本が強大化したところで、遠く離れたヨーロッパ本土への影響は誤差程度のものです。

日本が無血開城を経て明治維新を迎えるまでの流れは、徳川家の英断というよりも、日本人の能力を利用すると決めた欧米諸国の選択に依拠しました。

実際、英仏の手厚い支援のもとに近代化を成し遂げた日本は、中国・ロシアを相次いで打倒し、欧米諸国に報います。

その後は、「殺らなければ殺られる」の論理で中国進出を加速させるも、中国人の頑強な抵抗に逢って泥沼にはまります。

1937年には日中戦争が勃発。

この辺りから、当初は中国の弱体化を期待して眺めていた英仏勢力も、日本の拡大を無視できなくなります。

中国が日本の手に落ちれば、次の射程は自国の権益であるインド、インドシナが捉えられるからです。

またスペインから引き継いだフィリピンを足掛かりに、アジア進出を狙うアメリカもこれに同調します。

こうして国際社会との溝が決定的になると、米英仏と対立していたドイツ、イタリアと日独伊三国間の締結にこぎ着け、ヨーロッパの後ろ盾を得ます。

アメリカがハルノートを提出したことを機に、溝の修復は不可能となり、真珠湾攻撃を敢行。

参戦してきたアメリカの物資の前に敗北を喫し、終戦を迎えます。

第二次世界対戦は敗戦に終わったものの、日本が欧米と対等に交渉できた背景には、やはり近代化を遂げた軍事力が背景にありました。

戦後

アメリカに占領された日本は7年後には独立を回復し、アメリカ経済の下部組織として新たな歴史を踏み出します。

順調に経済成長を達成し、80年代にはアメリカ経済に匹敵。

しかし、三菱商事のロックフェラー・センタービルの買収などを介して、アメリカの虎の子を踏んだことにより、プラザ合意の鉄槌が下ります。

以後、日本円の円高が止まらず、経済発展の原動力であった製造業は海外に撤退。

技術の諸外国への流出も歯止めが聞かず、経済成長の源泉を失った日本は、失われた20年を歴史に刻みます。

この間、世界では地域統合の芽が着々と育っていました。

ヨーロッパでのEU結成を

20世紀後半には、世界的な地域統合(地域のEU化)が進む中、これを完全無視。

1980年代の地域統合のはじまり(アフリカ、南アメリカ、南アジア)
1990年代の北米のNAFTA、東欧でのユーラシア連合の結成


江戸時代の頃のように、高い国力を備えていたことから、こうした世界的トレンドに対し「鎖国」を決め込みます。

対外直接投資で世界第4位にランクインするほど世界進出も並行させていましたが、アメリカを除く諸外国の干渉は排除してきました。

しかし、プラザ合意で貿易立国の道を断たれた上、国内にわだかまった地価バブルも崩壊。

閉塞感あふれる「失われた20年」に突入します。

さらには冷戦後の世界統合の中で、台頭する後進国との価格競争と産業の空洞化に頭を悩ませます。

21世紀初頭には、米国との強すぎる結びつきが仇となりサブプライム・ショックが直撃。

不況に対し有効な対策を打てない民主党政権に、2011年の東日本大震災が追い打ちをかけます。

震災の被害により貿易と国際評価は大打撃を受け、国家の先行きに暗雲が立ち込めます。

こうした中、政権交代を果たした安倍新内閣は、「平成の開国」と呼ばれるアベノミクスを宣言し、完全に傾いてしまった日本の立て直しプランを国際社会に打ち出します。


2 アベノミクスは、「地域統合」開始の号令だった

このアベノミクスは一定の成果を収め、株価は上昇基調に乗りました。

アベノミクスを構成する3本の柱の1つに、「外国人観光客の呼び込み」が明記されていました。

これは、明確に地域統合化開始の号令だったと見てよいでしょう。

アベノミクスによる外国人観光客の増加

アベノミクスは、外国人観光客の呼び込みによる内需振興策を伴いました。

最近では、首都だけでなく地方都市にまで外国人観光客の姿が目立つ状況になっています。

このこと自体は別段問題ではなく、飲食業、宿泊業、その他に与えるプラス影響を考えれば、むしろ評価すべき動向でしょう。

しかし、訪日外国人の数は止まることなく上昇を続け、2017年にはおよそ2,869万人を突破しました。

そのうち、約2,472万人は、アジア国籍の人々です。

日本も地域統合の動きに巻き込まれた

この時点を以って、日本もまた、世界的な地域統合のトレンドに巻き込まれたと見なすべきでしょう。

なぜなら、南米、アフリカをはじめ、あらゆる地域ブロックは、「モノとヒトの移動の自由化」から進行を開始したからです。

中国人の爆買い
理解不能な韓流人気と政府による謎の受け入れ
アジア人留学生の増加

眼前に広がる全ての現象は、日本に迫る地域統合化の予示に他なりません。

つまり、世界で強行されてきた地域統合化のステップを、日本社会も辿りはじめたということです。

その大きなきっかけとなったのが、2011年の震災と被害だったわけです。

3 「地域統合」に参加するってどういうこと?

地域統合への参加が決定したということは、国家の政策決定のさらに上に「東アジア地域包括的経済連携(RCEP)」の域内政策を据えていくという決定に他なりません。

これはEU諸国の意思に先立って、EU委員会の決定が影響力を持ち始めていることからも予兆的です。

現在のEUに、日本がこれから辿る未来が描かれています。

つまり、加盟国である日本、中韓、ASEAN、オーストリア、ニュージーランド、インドといった国々の間で、それまでお互いを隔ててきた国境が形骸化し、加盟国の国民同士が(アイデンティティを捨てて)互いに同化していくことを意味しています。


4 日本が所属する「地域統合」の次のステップ

外国人受け入れの緩和は、地域統合の兆候

関税撤廃、入国ビザの発行条件緩和、ノービザ、人の移動の自由化・・・。

近年日本で見られるようになったこうした動きは、地域統合の初歩的なステップに過ぎません。

日本より20年も前に地域統合を開始した南米でも、統合は、域内の人の移動の自由化からスタートしました。

国境を超えた留学の促進、域内共通パスポートの作成などが兆候として現れるようになります。

次の大きな動きは、域内就職の自由化

すなわち、関税の撤廃、人の移動の自由化の次に来るのは、「就職の自由化」です。

例えば、日本プロ野球(NPB)には、外国人規制があり、チームに加えることのできる外国人選手の人数に制限があります。

これがなくなるようなものです。

域内国であれば、それまで外国人だった者同士も、同じ域内の国民として扱われるようになります。

これにより域内人の就業に制限がなくなるのですから、企業の人員構成を決めるのは能力と経営者の好みだけです。

企業の狙いが自国市場以外に向かえば、従業員の国籍も対象の市場に対応したものに変わっていくでしょう。

日本に立地する日本企業なのに、内情は英語や中国語が行き交うような、グローバル環境に突入することも珍しくなくなるはずです。

サプライチェーンの構築が地域統合を加速する

これに並行して進むのが「国をまたいだサプライチェーンの構築」です。

多くの企業は、製造の全工程を自企業内で完結させることはしません。

例えば自動車製造でも、一つの製品を作るのに、部品から組み立て、製品管理、テストといった様々な工程が必要になってきます。

こうした工程を全て自分たちで行ったのでは、莫大な人員と費用、時間がかかり経営が立ち行かなくなります。

それよりかは、提携会社との間で工程を分担して、調達(輸入)、外注といった形で成果を買い取ってしまった方が、はるかに効率は高まるわけです。

現在は、一国内の企業グループで製造過程を完結させるメーカーが多いです。

しかし、地域統合が発効すると、関税が撤廃されるため、輸入にかかるコストが低くなります。

いわば、「域内であれば、外国から仕入れても関税コストかからない」状態です。

これにより、企業は提携会社の視野を、それまでの国境内(自国内)から地域統合が及ぶ範囲にまで拡大させて考えることができるようになるのです。

自国にあるメーカーよりも、製品、サービスなどの面で優れたメーカーが域内に見つかれば、関税なしで提携できてしまうのですから大変便利です。


これまで、海外の魅力的なメーカーに関心を持ちながらも、関税のために提携を断念していた企業も少なくないはずです。

しかし地域統合によって国境が消えれば、相手は関税のかからない国産メーカーです。

悠々と提携に踏み切れるようになります。

こうした国境を超えたサプライチェーンの構築が、人々の交流機会を増やし、地域統合を加速させていくでしょう。


サプライチェーン拡大の動きを大きく後押しする電気自動車

ガソリン車の代替機種と目されている電気自動車の製造は、構造のアセンブリ(組み立て)になると予測されます。

これは、排ガス浄化の必要もなく構造が単純なため、分業化とアセンブリで十分に対応が効くためです。

つまり、各部品メーカーから取り寄せたパーツを、自動車メーカーの内部で組み立てるだけの簡単な作業です。

こうした電気自動車は、「国境を超えたサプライチェーンの構築」にとって追い風であり、間違いなく地域統合の動きを加速させるはずです。

なぜなら、パーツの専門分業化が進むため、一つの電気自動車を作るのに、自動車メーカーは国境を超えた複数のパーツ会社と提携を結ぶことになります。

それに合わせて、国外(域内)就業、出張、駐在などの機会が増大し、国境を超えた人の交流を加速させるからです。


電気自動車の普及は、遅くとも2020年には始まるので、地域統合の開始時期もこれに重なるでしょう。


5 東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の支配階級は華僑グループ

今回の統合が日本にとって初めての経験というわけではありません。

つかつて長州藩や薩摩藩、土佐藩、佐賀藩や江戸幕府などが一つの日本に統合したように、中国、韓国、ASEAN、オーストラリア、ニュージーランド、インドとの間の一つの東アジア地域包括的経済連携(RCEP)に収束するというだけです。


ただし、この地域ブロックの盟主は華僑グループです。

提唱主はASEANですが、その経済中枢はすべて華僑人材に掌握されています。

中華主義が日本にも押し寄せることになると思いますが、これには注意したいところです。