Ossan's Oblige ~オッサンズ・オブリージュ~

文化とは次世代に向けた記録であり、愛の集積物である。

今の政府の破綻は避けられないなと思った理由【自然怖い】

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2016年、震度7の地震が熊本県益城町を襲い、50名の命が犠牲になりました。
犠牲者の方々の御冥福を心よりをお祈りいたします。

益城町は、家屋が密集する地域だけに被害は深刻です。家々が倒壊するなど深刻な影響を及ぼしています。


当時、現地に向かった私は、家屋の倒壊状況の予想以上の酷さに沈黙したものです。

道路に沿って並んだ家々が立て続けに倒壊している区画があったり、倒壊には至らずとも亀裂により傾いているような家を30~50件ほど目にしたと思います。

理不尽な自然災害にたたずむ人たちを救うことができない無力感を覚えながら熊本を後にしました。


この自然災害は、私の脳裏に自然災害の恐ろしさと自然災害に対する人工物の脆さを印象づけました。


その脅威は、国家すらも転覆させかねない破壊力を潜めています。

先日、広島県に訪れた時にも、同じことを感じました。

広島駅の近くには、マツダzoom-zoomスタジアムが立地しており、付近は広島カープの赤で彩られた商業施設や看板が林立しています。

そんな球場へ至る道を通り過ぎると、道路に面し、正面を渡った先には坂があります。
ここを上っていくと、川の上に大きな橋が架かっているのですが、木製の板で構成された歩道の損傷が無視できないレベルに達していました。

木材の破損した部分を踏むと、人間の体重に負けて陥没し、ギシギシと音を立てるほど。

また橋は市内と郊外を結ぶ交通の要衝らしく、幅広で長く、中央には車道が走っています。

朝は、学校に向かう多くの学生が自転車で通り過ぎるのでしょう。

それなのに、痛みやすい木材の設計はおろか、怪我に繋がりかねない損傷が放置されていることに驚きを隠せませんでした。

2017年の降雨量は、例年にない激しさだったので、その影響で木材の部分が痛んでしまったのかもしれません。

あのまま放置すれば事故につながるので、おそらくは通報がきっかけとなって補修工事が行われるのだと思います。

当然ながら負担は、税金を通して住民が支払います。

しかも、木材でできているので雨が降るたびに劣化が進み、補修工事を重ねることになるのは必至です。


そんな橋が、全国に1つや2つではないのです。

1970年代の日本政府は、「日本列島改造計画」と称する公共事業を掲げ、大きな橋やトンネル、建物を全国に林立させました。

自然もまだ穏やかな状態で、今のような異常気象はありませんでした。
中国やインドなどのBRICKsも途上国のまま放置されていて、資源消費が少なかったからです。
そのため、建物の劣化速度も緩やかなという計算があったのかもしれません。

結果として日本に作られたインフラは、橋 : 約699,000個、トンネル : 10,300個、舗装 : 約3,100㎡です。
もちろん、こうしたインフラが市民生活を支えていることも事実でしょう。
しかし、老朽化した場合は二重の意味で脅威になります。

災害時の被害拡大という外傷性リスクの負担と、復旧に要する財務負担です。


東南アジアの国と違って、安全性は、日本政府のアイデンティティです。

国家イメージのために安全神話を崩す事象は排除しなければなりません。

しかし、そのような国家財源もなく、インフラ崩壊リスクも高まるばかり(途上国の発展に伴う気象異常に巻き込まれる)という追い詰められた状況にいるのです。

ただでさえ債務過剰な国庫に更なるプレッシャーがかかり、政府の行く末に暗雲が立ち込めています。